大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 平成9年(ワ)1264号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

(一二六四号事件)

(主位的請求)原告Aと被告との間において、別紙死亡保険金目録一記載の生命保険契約に基づいて、同原告が死亡保険金二〇〇〇万円の支払請求権があることを確認する。

(予備的請求)原告らと被告との間において、別紙生命保険契約目録一記載の死亡保険金について、原告Aにあっては金五〇〇万円、同B及び同Cにあってはそれぞれ金二五〇万円の支払請求権があることを確認する。

(一三七一号事件)

(主位的請求)原告Aと被告との間において、別紙生命保険契約目録二記載の生命保険契約に基づいて、同原告が死亡保険金一五〇〇万円の支払請求権があることを確認する。

(予備的請求)原告らと被告との間において、別紙生命保険契約目録二記載の死亡保険金について、原告Aにあっては金三七五万円、同B及び同Cにあってはそれぞれ金一八七万五〇〇〇円の支払請求権があることを確認する。

第二  事案の概要

原告はAは故Eの妻、原告B及び同Cは子、被告は父であるが、原被告間には右Eの死亡保険金がいずれに属するかについて争いがあるので、原告らがこれが自己に属することの確認を求めた。

一  争いのない事実等

1  E(以下「E」という。)は社団法人日本検数協会(以下「協会」という。)の戸畑現業所に勤務していたが、市立医療センターに平成九年七月一〇日に入院し九月二三日膵癌のため死亡した(争いがない、甲六)。

2  Eの法定相続人は原告ら三名であり、法定相続分は原告Aが二分の一、原告Bおよび同Cが各四分の一である。したがって原告らの遺留分は、原告Aが四分の一、その余の原告が各八分の一となる(争いがない)。

3  Eは日本生命保険相互会社との間で別紙生命保険契約目録一記載の生命保険契約を締結し、また協会は明治生命保険相互会社との間で従業員であるEを被保険者とする同目録二記載の生命保険契約(以下「保険契約一、二」又は合わせて「本件保険契約」という。)を締結していたが、Eは当初保険契約一、二とも死亡保険金受取人を妻である原告Aとしていたところ、保険契約一については平成九年七月二八日、同二については同年九月二二日に、右受取人を原告Aから被告に変更した(争いがない)。

4  Eと妻である原告Aとは平成二年ころから、Eの女性関係で不仲となり、平成七年一月からはEが家出をして別居し、原告AはEとの子である原告B及び同Cと、被告とともに自宅で生活していた。平成九年五月にEは原告Aに対し離婚調停を申し立てたが、死亡する前の同年九月に取り下げた(甲五、甲一〇の四ないし一二、一七、乙四)。

5  Eは、平成九年七月一〇日、同人所有の全ての財産を被告に遺贈する旨の遺言をした。(乙一の一、二)。原告らは被告に対し、一一月一九日到達の書面で右包括遺贈に対し遺留分減殺請求をした(甲九の一、二)。

原被告間では、Eの生命保険金請求権の帰属に争いがある。

二  争点

1(主位的請求関係)

本件保険金受取人変更は、変更権の濫用で無効であるか。

(原告らの主張)

原告Aは婚姻当初から職を持ち家計を支えてきたのでEの生命保険料の支払いも可能であったが、被告は年金収入がありながら家計には一銭も入れず原告Aの扶養に頼っていた。Eには、原告B及び同Cという二人の娘があり、当時一六歳であった原告Cに対しては扶養すべき義務があった。Eは、愛人を作って家出し、別居して原告Aに対し離婚調停を起こしたところ、同原告が直ちに応じなかったことに立腹し、全財産を被告に包括遺贈するとともに本件保険金受取人変更を含む一連の処分行為を行い、遺産を皆無にしたものであり、これは婚姻費用分担義務や扶養義務を無視して実父を優先的に扶養するものであって、公序良俗に反し、変更権を濫用したものである。

(被告の主張)

本件保険契約には保険契約者において受取人変更権が留保されていた。生命保険契約の場合、保険契約が長期にわたり、その間受取人を指定した事情に変更が生じることは一般的であり、そのため受取人変更権が留保されている。本件のように、受取人に指定していた妻である原告Aとの婚姻関係が破綻し、離婚調停に至った段階で年老いた実父である被告に受取人を変更するのは理にかなった行為であり、権利濫用の主張は暴論である。

2(予備的請求関係)

本件保険金受取人変更行為は、遺贈、死因贈与契約の履行、無償死因処分のいずれかに該当し、遺留分減殺請求の対象となるか。

(原告らの主張)

本件死亡保険金受取人変更は、Eが死期が間近であることを悟り、死亡保険金請求権の発生が現実のものとなる状況下でこの権利を原告らから奪い被告に付与することを内容とした合意(死因贈与契約)が成立し、その履行としてなされたものである。

仮に死因贈与契約に該当しないとしても、保険契約の締結により将来の財産として保険金請求権が発生しこれを受取人に贈与したのと同様であるので、他人のためにする保険契約は遺贈と同視すべき無償の死因処分とみるのが相当である。

したがって、遺留分減殺についても、この制度が妻子ら相続人に最低限度の相続分を保障するため遺贈の自由を制限することにあることからして、保険金請求権は相続財産には属さないが、なお減殺の対象とするのが妥当である。

原告らは、平成九年一〇月八日到達の文書をもって減殺をした。

(被告の主張)

本件死亡保険金は、保険契約の趣旨により、被告の固有の権利である。したがって、遺産とはならず、遺留分減殺の対象ともならない。

第三  争点に対する判断

一  本件保険金受取人変更の権利濫用性

1  Eは不仲であった原告Aとの離婚を望むと共に、同人に対する金銭支払いを嫌って資産処分をはかり、被告に対し包括遺贈をする旨の遺言書を書き、自宅建物は妹Fに売買を原因として所有権移転登記手続をし(甲一三)、預金は払い戻し(甲一四、一五)、自動車は同僚に譲渡したが、本件保険金受取人変更行為は、これら一連の財産処分の一環としてなされたことが認められる(甲五、二〇の一、甲二一、原告A本人、弁論の全趣旨)。

Eと原告Aとの夫婦関係が悪化した主な原因はEの不貞関係にあると考えられる(甲五、甲一〇の四ないし一二、一七、乙四、原告A本人)ところからすると、Eは有責配偶者であるから、離婚に際しては原告Aに対し婚姻中に夫婦協力して築いた財産の清算としての財産分与に加え、相応の慰謝料の支払いを免れ得なかったこと、またEと原告Aとの間には未成年の子である原告Cがいる(甲一)のであり、原告AよりもEの方が収入が多かった(甲一八、一九)のであるから、離婚後原告Aが原告Cを養育していくとすると原告Cに対する養育費の支払いもしなければならなかったこと、さらに離婚成立までは、原告Aに対し婚姻費用分担義務もあったこと等を考慮すると、Eの前記資産処分行為は、これらの支払義務を潜脱することを目的とするものであって、夫又は父として極めて不誠実であると評価しうる。

2  しかしながら、個人には元来自己の財産を自由に処分する権能がある。特に第三者を受取人とする生命保険契約は、保険契約者ないし被保険者の死後の受取人の生活保障を目的として、契約者と保険会社との間に締結される第三者のための契約であるが、そもそも契約者はその受取人を配偶者その他相続人に限らず自由に選択することが可能である。また、生命保険契約は一般に長期の契約期間が予定され、その間契約者及び受取人に関する事情変更がありうることから、法律上(商法六七五条一項但書)、約款上受取人変更の自由は契約者に留保されている。従って、受取人の変更に関して、当初の受取人が誰で、それを誰に変更するのかによって変更が許されない場合を設定するのは右保険契約の本来の性質、機能に照らすと困難であると言わざるを得ない。

3  よって、本件受取人変更手続が契約者であるEの真実の意思に基づき適正になされた(甲七、八、証人松枝修三、弁論の全趣旨)以上、受取人変更が、結果として離婚を控えた配偶者に対する金銭支払義務を免れる目的での資産処分になっているとしても、この抑制は処分禁止仮処分その他の手続によりはかるべきであって、変更行為が権利濫用で無効であると認めることはできない。

二  本件受取人変更行為が遺留分減殺請求の対象となるか。

1  死亡保険金請求権は、生命保険契約により受取人に発生する固有の権利であって、遺産を構成するものではない。遺留分減殺請求権は、遺産となりうる財産を被相続人が自由に生前処分することについて、被相続人と近い関係にある相続人の生活を保障するために一定の制限を加えたものであるから、受取人変更行為によって、将来の権利である死亡保険金請求権が無償で処分される結果となるとしても、これが遺産ではなく受取人固有の権利である以上、仮に減殺を認めたとすると右請求権の主体はどうなるのかといった形式的な難点が生じるし、生命保険契約の受取人の生活保証機能という実質に照らしても減殺を認めるのは相当でない。

2  したがって、本件においても受取人変更行為を遺留分減殺請求の対象とすることはできない。

三  結論

以上のとおり原告の請求は理由がない。

(口頭弁論終結日 平成一〇年一一月三〇日)

(別紙目録は、上告受理申立書添付のものと同一につき省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例